八割腐妄想日記…。 フーガが愛をあつくぶつける日記帳です…。

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トッカータ と フーガ

Author:トッカータ と フーガ
立ち上げ当時は 千秋先輩★萌~だったがいつの間にか
フーガさんの愛を形にする社交場に。。

いつでもどこでもフーガとトッカータは楽しく毎日妄想中★★
ピロシLOVEでTVっこフーガ

最近はレイアウト担当トッカータ(オバンギャ)

8割妄想型 ほっこり(笑)ブログです★ 

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メッセージ

あ、ピロシのハワイRA★MGの
詳細が来ましたねぇ~。


うーん・・・

今回も私は申込は無理かなぁ・・・
って感じです(汗


気持ち的にはもちろん「またハワイ行きたい!」って思ってますけど、
行けるものなら行きたいですが・・・

以前グアムやハワイRA★MGに参加していた時と
職場環境が変わってしまったもので・・・(´・ω・`)


そして、またもやブログ放置状態になっちゃいましたねー。

仕事がバタバタしてるのは前も書きましたけども、
それに加えて今週、通夜や葬儀でバタバタしてまして(汗


あ、我が家「喪中」になりましたm(__)m

私は自宅の2階の自室で寝てるのですが、

24日(火)の午前3時半に1階の電話がずっと鳴ってるので目が覚めて。

母が出て、その後

「お義兄さんが亡くなった!」

と寝ていた父を慌てて起こす声が聞こえてきまして。

うちの父の兄、私の「伯父」が急逝したんです。

そこから私も起こされて、午前3時半から
親子3人で我が家の掃除ですよ(汗


と言いますのも、亡くなった伯父は
若い時からずーっと病院に入院していた人で、結婚することなく生涯独身で、
祖父母亡き後、うちの父が長年面倒を見てきたといういきさつがありまして。

父が「喪主」になり、我が家から通夜・告別式を執り行うことに。

私もその日から数日お休みを頂ければよかったのですが、
ちょうど本当に仕事がたてこんでる時だったので
午前はそのまま会社に行って、上司に事情を説明して
午後、区切りのいいとこで半休をもらうということに。

帰宅したら父は葬儀屋さんと色々打合せをしていて、

病院から帰ってきた伯父が我が家の仏間で静かに寝てました・・・

うーん、久しぶりに会ったけど、本当に痩せちゃったんだなぁ・・・

葬儀やさんが綺麗に整えてくれて、凄く凛々しい顔になっていって
亡くなった祖母にそっくりの面差しになって、
「え?誰?私が知ってるおじさんじゃないわー」って思ったくらいだったんですが。

翌日25日(水)は通常出勤しました。
本当は通夜の準備を手伝わないといけないし、通夜も参列しなきゃいけないんですが。


会社の送別会があって、私、その幹事なんですよ。
色々手配と準備があって私が全部やってたのでね。
両親に話したら「会社を優先しろ」って言ったもので。

おかげさまで送別会も無事に終わりました

そのまま速攻で地元に戻ります。
通夜が行われたセレモニーホールの遺族控室で両親と泊まるために、
私もそこに直行するのですがー


「お父さんが迎えに行くから電車に乗る頃に電話しなさい」と言われていたので、
何回も母の携帯に電話するも、出やしない。

おいおい、もう地元着いちゃうぜ。

って着いちゃった。

仕方なく駅のタクシーに乗って夜のセレモニーホールへ向かうと、
「え!?なんで、あんたどうやってきたの!!」と驚く母。

どうやら通夜の時に携帯の音を切っていたことを忘れたまま
過ごしていたらしい。完全に私の着信に気づいていなかった。

セレモニーホールの遺族控室に
泊まる日が来るとはなぁ~。


中居くんの「世界仰天ニュース」を3人で観ました、「ナカイの窓」も観ました(笑)

布団を3つ並べて敷いて、テレビ観てー。

2階にお風呂があるので、そこに母と二人で行って、
私が先に入って、その後母が入って、母が入ってる間「タラレバ」観てー。

こう言っちゃなんだけど、
なんか、温泉旅行来た気分だ・・・


伯父さんは一度もそういうことは出来なかったのだけども・・・

眠ってる伯父さんの顔を見ながら、
私は何もしてあげられなかったなぁ・・・
もっとこうすればよかった
ああすればよかった
って今頃色々考えた夜でした。


で、26日(木)
この日はお葬式だったので、
1日お休みをもらってましたm(__)m


朝は普通に起きて、通夜で出た寿司や煮物の残り物を朝食代わりに
3人で食べて喪服に着替えて、手紙を書いてました。

長年の入院生活で肉親以外の繋がりがなかった伯父なので、
父が「弔辞も頼む人いないし、お別れの言葉もいません」と
葬儀屋さんとの打ち合わせで話していたのですがー

それを聞いてた母が「あんた、伯父さんに手紙書いて読んでやりなさいよ」
と言い出しまして。


皆の前で読むとか嫌なんですけど、って思って最初は断ったんですが

伯父の人生を想うと、やはりあまりに気の毒なので・・・

私が代表で「お別れの言葉」を引き受けました。

会社で書いていた下書きを見ながら、
白い無地の便箋に清書して、何回も書き直しながら完成。

ネットを見ながらタブー言葉を省き、長すぎず短すぎず
色々気を付けながら作りましたよ(汗)

伯父は人生のほとんどを病院で過ごした人でしたが、
私が中学くらいの時から年2回、1泊2日で外泊許可が出るようになって
我が家に泊まりに来てたんですよ。


兄は大学入学時に家を出たので
それからは、両親と私の3人が親族間では一番伯父と関係が
あったということで・・・

両親と色々思い出話を振り返っていると、
なんともやるせない気持ちになりましたね。

「そういえば伯父さん、ジルデコの曲聴いたことなかったよね」
って思い出した私は、持っていたipodを取り出し
その中に入ってた
ジルデコの「メッセージ」という曲を一番大きな音にして流しました。


眠ってる伯父さんの顔に
近づけるように聴かせました。


この「メッセージ」という曲は、亡くなった人を想いながらも
前向きなメッセージソングになってましてね、凄く好きな曲なんです。

ちなみに歌詞はこちら↓「ジルデコ5」というアルバム収録曲です。
http://www.uta-net.com/movie/151143/

親族が集まりはじめた頃、
兄も喪服を持って東京から無事帰省。
仕事の合間を縫って、葬式の為に急きょ帰って来たのです。

親族や、母の仕事関係の人や近所の人たちを出迎えたあと、
定刻どおり葬儀が始まりました。

祖父母の葬儀のときは私も小学生だったので、
親に言われるがままに動いて、あまり記憶にないくらいなのですが

これほど大人になってから、「遺族」として参列するのは初だったので
両親と兄と4人並んで前に立つのとか、なんとも不思議な気持ちです。


あっという間に「お別れの言葉」の時間が来ました。

一応リハーサルをやって動きは確認していたので、それを頭の中で反芻しながら
気を付けて動き、祭壇の前へ。


私ちょっと勘違いしていて、お焼香の後、最後に手紙タイムかと思ってたんですよ。
「葬儀が始まってから30分くらいの頃にありますから」くらいの打合せしかしてなくて。

司会の人に呼ばれて「あ、私か」って思わず口に出たくらい(汗

思ってたより早く来ちゃって焦った(汗

最初は落ち着いて読んでたんですが、
ちょっと一瞬噛みそうになった途端、
一気に緊張感が走り、
そこから便箋を持つ手が震え
足が震えてきてしまった(滝汗)


だって葬儀だし、大事なところだし、絶対失敗できないもの。

ただ一瞬噛みそうになっただけで、結局は噛むことなく
ゆっくりと抑揚をつけて、感情を込めて、伯父さんに話しかけるように
読めたと思います。我ながら上手くできたのではないかと。


着席した時気づいたけど、私が手紙を読む前には
聞こえてこなかった

「啜り泣き」の声や鼻水をすする音が
凄く聞こえて来まして。


あ、私の手紙で感動くれたんだなと思いましたねえ・・・

周りから一気に聞こえてくる啜り泣きに影響されたのか
私も貰い泣き・・・

一気に涙が溢れて来ました。
鼻水止まらん・・・


棺にお花を皆で入れるとき、私はその手紙を伯父の顔の横に置きました。
一緒に持っていってもらおうと思って。

一度涙が出ると、何かが決壊したかのように
ずーっと泣きっぱなしになってしまいました。


伯母たちの涙や父の涙に、またもや貰い泣き。

化粧はげる・・・

ああ涙が止まらない、鼻水が止まらない。

参列された方に

「あなたの弔辞、気持ちがこもっていて、とても素晴らしかったわ。
 おじさまもきっと嬉しかったと思うわ、ほらお顔が嬉しそうに見える」


と声をかけられ、またも涙が・・・

妻子もいない伯父は姪である私を大事に思っていてくれたのに。
私は本当に何も返してあげられなかったので、
せめて最後にお手紙と言う形で、参加できたのは良かったなと思います。

喪主の挨拶をする父の言葉にもまた涙涙。

私は杖を持ったのかな、持って整列しながらまた涙が止まらない。
ズビズビしながら棺と一緒に霊柩車に乗って火葬場へ。


こういうのも祖父母の時以来だなあ・・・と昔を思い出しつつ

この日は天気が良くて
富士山がとても綺麗に見えました。


火葬場で最期のお別れをして、また涙涙で。

伯母たちから「お手紙ありがとうね」と言われ、また涙涙。

控室でお弁当をつまんで親族たちと談笑して、やっと気持ちも落ち着きました。

あ、友人まーはんから電話が来ました。
我が家の前や近所に葬儀の看板とかが出てたので、
びっくりしたようです。

(友人トッカータさんも心配してすぐLINEきたからね)

まぁ、うちの自宅に看板出たら
「え?お父さんかお母さんが亡くなったの!?」って思うわなぁ。

そして荼毘に付して、斎場に戻って直来があって、参列された皆さんを見送って

滞りなく葬儀が終わりました。

無事に終わって何より・・・

で、セレモニーホールから兄が運転する車で、遺骨と一緒に我が家に戻るのですがー

家族だけになったらうちの母が
私が読んだ「お別れの言葉」を
絶賛しはじめまして(笑)


「思ってた以上だった」「あんたは昔から作文上手かったもんね」
「あんたに頼んで良かった」「あんたに頼んだ私偉い」と(笑)

父も「完璧!」と絶賛。
兄も「良かった、上手かった」と褒めてくれたので嬉しかったですねえ。


葬儀屋さんが祭壇を作り、今後の打合せをして、
やっと家族4人、いや、伯父さん入れて5人になりました。

直会で出たお弁当を持って帰って来てたので、それを家族で食べながら
伯父さんや葬儀の話をしてたのですが、

またもや母が「あんたの手紙良かったわー上手だったわー」と褒めはじめ
父も「傑作!」と言い、兄も「堂々としてた」と言い、


親ばかにもほどがあるだろうっていうくらい、
数日たった今日も私の手紙を褒める母です(汗

読んだ手紙は出棺の時に棺に入れてしまい、手元にはもう無いのですが
記念に写真を撮っておいて、私のスマホに画像データとして残してあるんですね。


それを知った母が、
「手紙をもう一度書いて、おばあちゃんに見せるから」と言い出し、
毎日のように「伯父さんの手紙もう一度書いて―」とせがんできます。

仕方ない、再現してやるか・・・

私ももういい年なのですが、
両親からすると子供の時のままなんでしょうね。

子供の頃のように両親が発表会を見られるわけじゃないし、
私が会社でプレゼンをやろうが、それを見ることもないわけで、

久しぶりに我が子がみんなの前で
何かを発表する姿、というのを目にして
その頃の親の目線になったのかなぁ。


とか思ったりしました。

もちろん、長年病院生活を送る兄を見守ってきた弟である父や、
寄り添ってきた母から、
私の叔父への手紙を絶賛されたのは嬉しかったです。


2人の想いも汲むことができたんだろうなと。

26日はこういうことで、正月以来の家族4人の時間を過ごしました。
翌朝兄は仕事で大阪へ向かい、私は通常出勤に戻りました。

こうして慌ただしい数日間が終わったのですが、

年齢的にも次はうちの両親の番が本当に来るんだろうなぁ、と思うと
なんともザワザワした気持ちになりましたよ。

伯父さんの最高に素敵な笑顔の遺影を眺めながら、
「もう少しお父さんとお母さんをこっちの世界にいさせてね」
と願う今日この頃です。


ちなみに病院生活が長かった伯父のことを想い、
父が四十九日まで納骨せず、我が家に遺骨を置いておくということにしたので
伯父さんは我が家でゆっくりしております。

そういう近況報告でした。ではでは。

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omment

お悔やみ
伯父様のこと、心よりご冥福をお祈りいたします。
ご本人の長年の闘病生活もおつらかったでしょうし、それを支えるご両親もまた精神的・肉体的に大変だったでしょうね。

フーガさんのお手紙は、天国の伯父様にも届いて喜んでいらっしゃることと思います。元々文才があるのもそうですが、気持ちが込もったお手紙はご遺族・ご会葬の皆さんの心にも響いたのでしょうね。

今年に入って、身内ではないけれど周りでご不幸がある方を相次いで見ているので、何だか切ないです。
明日生きていることが当然だと思ってはいけないのだなあ、毎日大事に生きないといけないなあと思わされます。

そら URL | 2017/01/29 09:08 [ 編集 ]

>そら様
どうもですー。
コメントありがとうございます。

>伯父様のこと、心よりご冥福をお祈りいたします。
ご本人の長年の闘病生活もおつらかったでしょうし、それを支えるご両親もまた精神的・肉体的に大変だったでしょうね。

お気遣いいただいてすみません。ありがとうございます。
祖父母亡き後、ずっと面倒を見て来た父と、伯父のことを想って色々見舞いの品を用意していた母は凄いなと思います。

>フーガさんのお手紙は、天国の伯父様にも届いて喜んでいらっしゃることと思います。元々文才があるのもそうですが、気持ちが込もったお手紙はご遺族・ご会葬の皆さんの心にも響いたのでしょうね。

ありがとうございますm(__)m
あまり練習すると余計に緊張してしまうと思って、ぶっつけ本番くらいの感じで読んだんですが、素直に自然に感情にまかせて読むことができました。

>今年に入って、身内ではないけれど周りでご不幸がある方を相次いで見ているので、何だか切ないです。
明日生きていることが当然だと思ってはいけないのだなあ、毎日大事に生きないといけないなあと思わされます。

そらさんの周りでもご不幸が色々続いているんですね。
切ないですね。私も昨日友人の祖母が亡くなったと連絡が入りました。
そういう年になったのか、季節もあるのか。本当に毎日大事に生きないと、ですね。

フーガ URL | 2017/01/31 23:39 [ 編集 ]


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